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奈良地方裁判所 昭和54年(ワ)101号 判決

昭和五四年(ワ)第一〇一号事件原告

同五五年(ワ)第二〇号事件被告(以下単に原告という) 菊谷清

〈ほか三名〉

右原告ら四名訴訟代理人弁護士 坂口勝

右同 吉田恒俊

右同 西田正秀

右同 佐藤真理

昭和五四年(ワ)第一〇一号事件被告

同五五年(ワ)第二〇号事件原告(以下単に被告という) 株式会社壼阪観光

右代表者代表取締役 西川利三

右訴訟代理人弁護士 清水伸郎

右同 森岡一郎

主文

一  昭和五四年(ワ)第一〇一号事件につき、被告は、各原告に対し、別紙「裁判所の認容する割増賃金未払額」及び同「裁判所の命ずる附加金額」記載の各原告対応欄の合計金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  昭和五五年(ワ)第二〇号事件につき、被告の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

(昭和五四年(ワ)第一〇一号事件)

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、各原告に対し、別表(二)「時間外・深夜労働に対する割増賃金未払額」欄及び同表「命ぜらるべき附加金額」欄記載の原告対応欄の各合計金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、タクシー及び観光バスによる旅客運送事業を営むもの、原告らは、別表(二)のうち「原告ら入社年月日」欄記載の年月日に被告に雇傭され、現在まで被告の車輛の運転業務に従事してきたものである。

2  被告における勤務体系及び所定労働時間は、日曜祭日を問わず左記の繰返しであり、被告は、原告らに対し、毎月五日限り前月一日から末日までの賃金を支払っている。

第一日目・勤務日  午前八時から午後五時まで(うち一時間は体憩)

第二日目・勤務日  午前九時から午後六時まで(うち一時間は休憩)

第三日目・非勤務日(いわゆる「明け番」)

3  上記所定労働時間を超える時間外労働(ただし、後記深夜労働時間を除く。)及び午後一〇時から午前五時までの深夜労働に対しては、労働基準法三七条一項の規定により、時間外労働及び深夜労働に対する各割増賃金が支払われなければならないところ、右各割増賃金の正当な計算式は、別紙「時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金計算式」記載のとおりである。

4  しかるに被告は、原告の各入社年月日以来昭和五三年八月分に至るまで、別紙「被告の採用していた時間外労働及び深夜労働に対する各割増賃金計算式」記載の方式を採用し、いずれの割増賃金計算に際しても各月の固定給部分の賃金に当然算入されるべき家族手当(月額三、〇〇〇円)、通勤手当(同額)及び乗客サービス手当(月額五、〇〇〇円)の諸手当並びに歩合給部分の賃金額に当然算入されるべき特別報奨金(月額一万円)をいずれも算入せず、同算式に基づいて各割増賃金を支払ってきた。

しかしながら、被告の採用していた右算式は誤りであり、前記正当な算式に基づく原告らの割増賃金を各月ごとに算出すると、別表(一)「原告請求未払賃金」欄記載のとおりであり、被告の支給した割増賃金との差額合計は、別表(二)「時間外・深夜労働に対する割増賃金未払額」記載のとおりとなる。(ただし、被告が裁判所の文書提出命令にもかかわらず、賃金台帳を提出しない昭和五二年四月以前の未払賃金は、各原告につき算出された昭和五二年五月分から同五三年八月分までの未払賃金合計を右期間の月数で除した各月平均の未払賃金額をもとに計算したものである。)

5  また労働基準法一一四条は、いわゆる附加金の支払命令について「裁判所は、……第三七条の規定に違反した使用者……に対して、労働者の請求により使用者が支払わなければならない金額についての未払金の外、これと同一額の附加金の支払を命ずることができる。」と規定しているところ、前記のとおり、被告の同法三七条違反は明白であり、原告らは、裁判所に対し、各未払金と同額の附加金支払命令の発令を請求する。

よって、原告らは被告に対し賃金債権に基づき、各原告に対する未払割増賃金の合計額の支払をそれぞれ求め、合わせて労働基準法一一四条の規定に基づき、昭和五二年五月(ただし、原告岡嶋については同年六月)から昭和五三年八月までの期間につき、未払割増賃金と同額の附加金の支払を求める。

二  請求原因事実に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

3  同3の事実も認める。

4  同4の事実のうち、被告の割増賃金の算定が原告主張のように取扱われていた時期があったことは認めるが、その余の事実は否認する。

5  同5の事実と主張は、すべて争う。

三  被告の主張及び抗弁

1  変形労働時間制の実施

被告は、昭和四七年一一月一日から昭和五三年八月末日まで、労働基準法三二条二項のいわゆる変形労働時間制を採用・実施しており、右期間中における一か月の所定労働時間数は二〇八時間であった。従って(後記消滅時効にかからない期間部分をも含め)、時間外・深夜労働に対する割増賃金の算出にあたっては、右二〇八時間を基準とするのが正当である。

2  消滅時効の援用

労働基準法一一五条によれば、賃金請求は二年間これを行なわない場合は時効消滅するとされているところ、原告らの本件未払賃金請求中には、本訴提起時(昭和五四年四月二三日)から二年を超える期間を遡った部分のものも含まれている。すなわち、昭和五二年四月分以前の未払賃金請求権は二年間の不行使により既に時効消滅しているので、被告は本訴において右消滅時効を援用する。

3  弁済供託

被告は、原告ら主張の割増賃金算定方法を争うものであるが、労使関係の正常化を考慮して、とりあえず原告ら主張の算定方法(家族手当、通勤手当、乗客サービス手当、特別報奨金をすべて計算に入れ、かつ一か月の所定労働時間を一六〇時間とする)を採用し、消滅時効にかからない昭和五二年五月分から昭和五三年八月分までの時間外労働・深夜労働割増賃金を算出し、これに基づき左記金員を昭和五五年一〇月一七日から同五六年二月二三日にかけて各原告に対し弁済供託した。

原告前川茂幸………金七万八、三四八円

同 菊谷清………金二一万〇、三四九円

同 村山正志………金二〇万九、〇二一円

同 岡嶋寛………金二〇万〇、八九六円

四  抗弁に対する認否と再抗弁

1  被告の主張及び抗弁3の事実のうち、被告が各原告に対し前記金員を弁済供託した事実を認める。

2  時効の援用について

被告の消滅時効の援用は、自ら誤って過少に割増賃金を計算・支給しておきながら後日、支払義務を争うという極めて不誠実かつ不正義な態度であり、援用権の濫用として許されるべきでない。

3  時効の中断

(一) 原告らは、昭和五三年八月中旬ころ、被告に対し、口頭で割増賃金計算のやり直しと未払分の支払を請求し、被告はそのころ、これに対し、右請求を承認して同年九月分から新賃金体系を採用した。従って昭和五三年八月中旬から二年以上を遡った部分については消滅時効はありうるが、本請求にかかる部分については前記承認により消滅時効は中断している。

(二) 原告岡嶋は、壺阪観光労働組合委員長として、原告ら全員の利益のため、昭和五三年一〇月二五日付、同日被告到達の書面をもって未払賃金を同年一一月末日までに支払うよう催告した。よって、右催告により、全原告のために時効は中断している。

(三) 被告は、昭和五三年一一月中旬ころ、原告らの申入を容れ、未払賃金の清算として一人あたり三万円の支払を約し、原告らに対し支払義務を承認した。よって少くとも右時点で消滅時効は中断している。

五  再抗弁に対する認否と主張

時効の中断(四の3)について

1  四の3(一)の事実は否認する。そのころ賃金体系を変更したのは、昭和五三年度の賃上げにあたり、ベース・アップの制度慣行を採用するために賃金体系全体を改正する必要があったこと、賃金規則を簡素化し、従前の累進歩合制を減少することによって労働強化を未然に防止すること等の目的に出たためであって、債務を承認した結果ではない。

2  同(二)の事実は争う。岡嶋の文書発送と被告の受領の事実は認めるが、右が組合委員長として原告全員の利益のためになされたとの主張は争う。

3  同(三)の事実は否認する。被告は一貫して原告ら主張の割増賃金の算出方法を争っており、従って未払賃金の存在を肯定するような態度に出ていないばかりか、むしろ過払金の返還を原告らに請求していたほどである。

(昭和五五年(ワ)第二〇号事件)

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告らは被告に対し、別紙過払金一覧表の各原告対応欄記載の金員とこれに対する原告前川については昭和五五年二月三日から、その余の原告については同年同月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

1 被告の訴えを却下する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(本案の答弁)

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

《以下事実省略》

理由

(昭和五四年(ワ)第一〇一号事件)

第一請求原因事実について

一  請求原因事実のうち、被告がタクシー及び観光バスによる旅客運送事業を営むものであり、原告らが別表(二)「入社年月日」欄記載の各年月日に被告に雇傭されたこと、原告らは、右入社年月日以来現在まで被告の車輛の運転業務に従事していることの各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、以下、時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金につき、原告ら主張の未払賃金が存するか否かにつき検討する。

1  《証拠省略》を総合すれば以下の事実を認めることができる。

(一) 被告における勤務体系は、原告らが入社以来一貫して三日を一単位とし、第一日目を勤務日とし勤務時間は午前八時から午後五時まで、第二日目も勤務日とし勤務時間は午前九時から午後五時まで(以上の勤務時間のうち各一時間を随時休憩時間とする)、第三日目は非勤務日とするいわゆる二日勤務一日休業の繰返しであること、原告らに支給されていた賃金の体系は、大別して固定給部分と歩合給部分とに分かれ、前者には勤務日一日あたり五〇〇円の割合による基本給のほか皆勤手当(一か月の所定労働日数の皆勤者に対しては月額五、〇〇〇円、現実の労働日数が右所定労働日数から一日欠けるごとに一、〇〇〇円宛控除された金額を支給される。)、家族構成・員数に関係なくすべての従業員に一律に支給されていた家族手当(月額三、〇〇〇円)、通勤の距離・交通手段等に関係なく一律に支給されていた通勤手当(前同額)及び皆勤者であってかつ乗客からの苦情が出されなかった運転者に支給されていた乗客サービス手当(月額五、〇〇〇円)が含まれ、後者には、皆勤者でかつ一か月の総水揚高が三七万円を超える者に対し一律に支給されていた特別報奨金(一万円)が含まれていたこと、そうして前記勤務時間を超える時間帯における労働(ただし、後記深夜労働は除く。)及び午後一〇時を超える時間帯における労働に対しては、別途、時間外労働及び深夜労働に対する各割増賃金が支給されることとされ、以上の合計賃金を各月末締めて翌月五日限り支払われていたこと。

(二) 原告らの昭和五二年五月から同五三年八月にいたる各月の時間外労働時間及び深夜労働時間は別表(二)「原告らの時間外労働時間数」・「原告らの深夜労働時間数」欄各記載のとおりであり、被告は、原告らに支払うべき右時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金の算出にあたっては、別紙「被告の採用していた時間外労働及び深夜労働に対する各割増賃金計算式」を採用し、これに基づいて算出された各割増賃金を毎月各原告に対し支払っていたこと、

以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

2  ところで、原告らは、被告が各割増賃金の算出に際して採用していた前記算式は誤りであり、正しくは、別紙「時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金計算式」記載のとおり、割増賃金の基礎となる賃金として、固定給部分の項目(分子)中には家族手当、通勤手当及び乗客サービス手当の各手当を、歩合給部分の項目中には特別報奨金をそれぞれ加算して計算すべきである旨主張するので右主張の当否につき検討する。

(一) 労働基準法(以下「法」という。)三七条一項は、時間外、休日及び深夜労働の割増賃金につき、使用者は、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払うべき旨を定め(同法施行規則二〇条により、深夜労働に対しては五割増以上の率とされる。)、法三七条二項には、「前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他命令で定める賃金は算入しない。」と定め、さらに右法文をうけて同法施行規則二一条は、割増賃金の基礎となる賃金に算入しない賃金(除外賃金)として、一、別居手当、二、子女教育手当、三、臨時に支払われた賃金、四、一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金の四つを掲げている。

ところで、これらの六項目の除外賃金は、規定の性質上限定列挙と解すべきであり、また具体的に支給されている各種手当や奨励金が右に該当するか否かの判断にあたっては、右諸手当等の名目のみにとらわれず、その実質に着目すべきであって、名目が前記除外賃金と同一であっても労働者の一身的諸事情の存否や労働時間の多寡にかかわらず一律に支給されているものについては除外賃金には該当しないものというべきである。けだし、使用者が除外賃金の名目を付することによって、容易に除外項目となしうるものとすれば、単位時間(又は日数)あたりの割増賃金を名称一つで不当に廉価に算定しうることとなり、所定労働時間(日)よりも高率の賃金を支払うべきことを定めた割増賃金制度の趣旨を没却することとなるからである。

(二) 右観点から本件係争の各項目につき、除外すべきか否かを判断すると、前記認定事実によれば、家族手当及び通勤手当については、原告ら各自の個別的事情にかかわらず、無条件で一律に一定額を支払われていたものであり、これら手当は固定給部分の単位時間当り賃金額を当然に増大・填補する意味合いを持つものであって、その名目にかかわらず、前記除外賃金には該当しないものと解され、また乗客サービス手当は、前記除外賃金のいずれにも該当せず、一定の不行跡がない限り、原則として支給されていたものと解されるから、前記家族手当及び通勤手当と同様、固定給部分の割増賃金の基礎となる賃金に算入されるべきである。さらに特別報奨金は、前記認定事実によれば、一か月の総水揚高が三七万円に達した労働者に対し、一律に一定額を支給されたものであって、前記除外賃金のいずれにも該当しないことが明らかであり、歩合給部分の単位時間あたりの賃金額を填補する意味合を持つものとして、歩合給部分の算定基礎賃金に当然算入されるべきものと解される。

3  そうすると、被告の採用していた割増賃金算式は誤りであって、原告ら主張の算式が正当であり、これに従って前記諸手当及び特別報奨金を割増賃金部分に算入すべきところ、被告が当裁判所の文書提出命令に従って提出した賃金台帳により昭和五二年四月分から同五三年八月分までの各月につき、原告ごとに未払割増賃金を計算すると別表(一)「裁判所の認定した割増賃金未払額」欄記載のとおりとなる。但し、右算出にあたり、被告が別紙「被告の採用していた時間外労働及び深夜労働に対する各割増賃金計算式」に基づいて算出された各割増賃金を支払っていた事実は当事者間に争いがないので、便宜上、右算式と正当な算式の差額を求める算式を定立し、これに具体的数値をあてはめることとした。

また右賃金台帳が提出されなかった昭和五二年三月分以前の部分については、未払額は右計算根拠の明らかな前記期間の未払金合計額につき、各月あたりの平均金額を算出したものをもって原告らの各月未払金額と推認することができ、他にこれを覆すに足る証拠はない。

二  附加金の支払について

前記認定事実によれば、被告は、法三七条二項に違反し、原告らに対し支払うべき割増賃金の一部につき、その支払を行なわなかったことが明らかであり、また、原告らは法一一四条に基づき、昭和五二年五月分から同五三年八月分までにつき、未払割増賃金と同額の附加金の支払を請求しているところ、前記認定事実から認められる本件未払賃金の発生事由、被告の未払期間及びその合計金額、全証拠によって認められる原、被告間の交渉の経緯及びこれまでの被告の態度など一切の事情を考慮すれば、被告は前記認定の未払賃金額と同額の附加金を支払うべき義務があると認められるから、当裁判所は、そのうち原告らの請求(合計額)の範囲内においてこれと同額の附加金の支払を命ずることとする。

なお、被告が、本件訴訟の口頭弁論終結前に至り、昭和五二年五月分から同五三年八月分までの未払賃金につき、二回に亘りその全額を別表(一)「被告供託金額」欄記載のとおり供託していることは当事者間に争いがない。しかしながら、附加金の有する制裁的性質に徴すると使用者が法一一四条の附加金の支払を免れるためには、遅くとも、労働者がその支払を求めて訴えを提起するまでに、未払賃金の弁済または供託を行なわなければならないものと解すべきである。なぜなら、労働者が未払賃金及び附加金の支払を求めて提訴したのちに使用者が未払賃金の弁済等をした場合にもなお附加金の制裁を免れるものとすれば、自ら賃金等の支払を遅延した使用者に対しては何らの制裁的効果がないのに対し、訴訟提起を余儀なくされるまで賃金等の支払を受けられなかった労働者の不利益は何ら救済されることがないという著しい不公正を生じ、附加金の制裁によって、使用者による自発的な賃金等の弁済を促進するという法意が没却されることになるからである。よって、被告が原告らの附加金請求に対応する期間の未払賃金を訴訟提起後供託したとの一事をもってしては附加金の支払義務を免れることはできないものというべきである。

第二抗弁及び再抗弁事実について

一  消滅時効の援用

被告は、法一一五条の消滅時効を援用するのでこれでこの点につき判断する。

前記認定事実によれば、被告は原告らに対し、各月の賃金を翌月五日限り支払っていた事実を認めることができ、右事実によれば、各月の賃金債務の弁済期は当該月の翌月五日であったものと認められるところ、賃金請求権は毎月の労働等に応じ、各月ごとに発生するものであるから、消滅時効についても右弁済期ごとにそれぞれ進行を開始し、法一一五条により右各弁済期から二年間債権の行使をしない場合には時効によって消滅するものというべきであって、この理は各月の賃金の一部に未払金のある本件においても同様というべきである。

原告らは、本件未払賃金の発生は、被告が自ら採用していた割増賃金計算方法の誤りに起因するものであるから、被告による消滅時効の援用は援用権の濫用として許されない旨主張する。しかしながら、前記法条は、賃金等の未払がいかなる事由に基づくかを問わず、一律に一定期間の不行使による請求権の消滅を定めているのであるから、同条の規定が存在する以上、使用者による消滅時効の援用は、特段の事情がない限り、権利行使として許されるものと解される。そうして、被告による賃金計算方式の誤りにより、各月の未払賃金が生じたとの事実以外に格別の主張立証のない本件では右事実は、未だ消滅時効の援用を阻止すべき特段の事情ということはできず、前記のとおり、右事実は附加金の支払命令を発令するか否か及び右金額如何を決するための一事情として考慮すれば足りるものというべきである。

よって、後記のとおり、消滅時効につき中断事由の具備しない部分については、未払賃金請求権は時効により消滅しているものと認められる。

二  消滅時効の中断

原告らは、未払賃金の消滅時効中断事由として、①原告らの未払賃金請求に対し、被告は、昭和五三年九月分から新賃金体系を採用しており、右事実は原告らに対する債務を承認した結果にほかならないこと、②被告組合委員長・原告岡嶋は、原告ら全員の利益のために昭和五三年一〇月二五日被告に対し未払賃金の支払を催告したこと、③同年一一月ころ、被告は原告ら各自に対し、未払賃金として一律三万円の支払を約し、未払賃金全額につき債務を承認したことの各事実を主張するので、この点につき判断する。

《証拠省略》を総合すれば、原告らは昭和五三年八月中旬ころ、被告による割増賃金の計算方法が誤っているのではないかとの疑問を抱き、同年一〇月ころまで再三に亘り、葛城労働基準監督署を訪れ、監督庁としての指導方針、見解を求めたこと、同署の見解が原告らの主張と同一であることを知り、被告に対し、割増賃金計算のやり直しと未払賃金の支払を求めたこと、被告は、ほぼ右と同一の時期に、累進歩合給制度の緩和と賃金規則改正を目的として、同年九月分以降の賃金体系の改正を企図し、原告らの同意を得てこれを実施しているが右新賃金体系においては、割増賃金の計算方法は原告らの主張する算式が採用されていること、原告らは右賃金体系の改正後も、従前の未払賃金の支払を求め、またかねて被告との間で対立のあった年次有給休暇制度の周知・活用とこれを前提とする休暇期間中の賃金の支払を求めて被告と交渉を繰り返していたが、右が妥結をみるに至らず、このため原告らは、昭和五三年一〇月二五日付で被告代表取締役に対し、つぼさか観光労働組合委員長岡嶋寛名義で前記要求を書面で提出したこと、しかるに被告がこれらの要求を容れなかったため、原告らは昭和五四年四月二三日に本件未払賃金等の支払を求めて訴訟を提起したこと、以上の事実を認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、被告が昭和五三年九月分から新賃金体系を採用し、その後の割増賃金計算は正当な算式に基づいて行なわれていること原告ら主張のとおりであり、被告による新賃金体系の採用が従前の未払賃金請求を意識したうえでなされたであろうことも推認できなくはないけれどもさればといって将来に向けての計算方法の是正と過去の未払賃金債務の承認とは全く別個のものであって、右新賃金体系の採用をもって直ちに被告による過去の未払債務の承認と同視することはできない。その外に全証拠を精査しても、被告によって未払債務の承認がなされたとの事実を認めることはできず、この点に関する原告らの主張①は理由がない。

しかしながら、右認定事実によれば、昭和五三年一〇月二五日付で、つぼさか観光労働組合委員長名義で被告に対し未払賃金の支払を催告している事実が認められ、右催告は六か月以内に裁判上の請求に移行しているのであるから、右催告の時点において原告ら全員の利益のために、消滅時効は中断しているものと解される。

この点につき、被告は「つぼさか観光労働組合」なるものは、労働組合法上の労働組合ということはできず、従って時効中断の効果が要求書の作成名義人である岡嶋に対して生ずることはあっても他の原告らに対しては生ずることがない旨主張する。確かに全証拠を精査してみても、被告における雇傭者数と「つぼさか観光労働組合」への加入者数、同組合の組織・構成とその活動状況等同組合の実体がいかなるものであるかについては、これを具体的に認定するに足る証拠は存在せず、被告の主張するように、同組合が労働組合法上の労働組合といいうるだけの実質を備えているか否かについては疑問の余地があるものというべきである。しかしながら、右組合が労働組合法上の適式の労働組合といえないとしても、前示の未払賃金支払をめぐる労使間の交渉経緯等に照らせば、前示要求書は、少くとも未払賃金の支払を求めたものとして、被告において知りまたは知りえたすべての労働者が、右目的の下に一致団結し、同一の意思形成をしたうえこれを書面としたものであると認めることができ、その意思形成に関与した原告らを含む全員の連名に代えて、便宜上代表者たる委員長名義が使用されたにすぎないものと認められるから、このような場合には代理又は代表の法理に徴して、右文書の提出によって得られる法律上の効果(未払債権の催告)も、基本となる意思形成に関与した者の全員につき生ずるものと解するのが相当である。そうして《証拠省略》によれば、原告らはすべて右意思形成に関与していることが疑いをいれないから、右要求書の提出時たる昭和五三年一〇月二五日に催告の効果が生じ、右時点において賃金請求権の消滅時効は中断したものというべきである。

よって、右催告の時点から二年間を遡った昭和五一年一〇月二五日以降に弁済期の到来する各月の賃金請求権(同年一〇月分以降のもの)については消滅時効は中断しているから、被告は右以降の未払賃金につき、その支払義務を免れることはできない。

三  未払賃金の弁済供託

被告が、昭和五二年五月分から同五三年八月分の各月の未払割増賃金を別表(一)「被告供託金額」欄記載のとおり弁済供託した事実は当事者間に争いがなく、かつ原告らにおいて右供託の効力を争わないので、右供託は有効になされたものと認めることができる。

そうすると、右期間の未払賃金債務は、本件供託により消滅したものと認めることができ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。そうして被告の供託金額は、裁判所の認定した右期間における各月の各原告に対する未払賃金といずれも同一であるから、昭和五二年五月分ないし同五三年八月分の各原告に対する未払賃金債務は、すべて右供託により消滅しているものと認められる。

なお、原告らの請求金額が右供託金額(すなわち裁判所の認定金額)を下まわるものが存するが、供託の効果は特定の債務につき生ずるものであるうえ、右事態は原告らの計算の誤りに基づくものと認められるから、被告の本件供託により過払いを生ずるものではない。

第三結論

以上の事実を総合すれば、被告は各原告に対し別紙「裁判所の認容する割増賃金未払額」及び同「裁判所の命ずる附加金額」記載の各原告対応欄の合計金額を支払うべき義務を負う。

(昭和五五年(ワ)第二〇号事件)

一  被告は、昭和五三年八月まで、法三二条二項所定の変型労働時間制が採られていたこと、同体制下において、一か月の所定労働時間は二〇八時間であったことを各主張し、右二〇八時間を所定労働時間として計算すると、原告らに対し割増賃金等につき過払の計算となる旨主張する。

右変型労働時間制採用の事実は被告の立証責任に属する事項と解せられるところ、被告は右立証をせず、また全証拠によるも右事実を認定するに足らない。

よって、その余の点につき判断するまでもなく、被告の過払金の返還請求は理由がない。

(結び)

以上の次第であるから、原告らの請求は、別紙「裁判所の認容する割増賃金未払額」及び同「裁判所の命ずる附加金額」記載の各原告対応欄の合計金額の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の原告らの請求及び被告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 仲江利政 裁判官 三代川俊一郎 裁判官広岡保は転任のため、署名押印することができない。裁判長裁判官 仲江利政)

〈以下省略〉

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